ささやかな幸せを求めて

旅と食と読書を通して人生のハッピーを追求しています。

3万5千年の衝撃

「掘り」の深堀り



秋たけなわである。



近所のシェア畑では家族総出での「芋堀り」が最盛期を迎えている。



小さな子供達が土にまみれながら「黄色い歓声」を上げる様は何とも微笑ましい。(#^.^#)


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その昔、秋の「芋堀り」は家族が生きていく為の重要なミッションであった。

きっと今夜は「掘りたての芋」が食卓を飾り、子供達も例の「黄色い歓声」でママの料理を迎えるのであろう。



・・・だが、子供たちの声が「黄色い」のはここまでである。



どうして子供の声から「色」が抜けてしまったのか?



理由は至極単純、美味しくないからである。(´Д`)



食物全般に言える事であるが「採れたて、新鮮が美味しい」と思われがちであるが、物事はそう単純なものでもないようだ。



「美味しい = 新鮮」という等式は必ずしも成り立たないという事である。



死ぬほど芋を食って育ってきた先人達は、収穫して一定期間を経過した物の方が甘くて美味しい事を経験則として会得していたのである。



この美味しくなるまでジッと待つ間のことを専門用語で「追熟」と言う。



サツマイモなら概ね二ヶ月の追熟でデンプンが糖化し「糖度が約2倍」になる。



私事で恐縮だが、どうも最近「脇の甘さ」を指摘されることが増えた。



人生の収穫期を過ぎ、どうやら「追熟」が進んでいるらしい。



そこのお嬢さん、そろそろ食べ頃ですよぉ~(´Д`)

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品種改良が進み現在の焼き芋は桁違いに旨い。今日のおやつに是非


「土掘り」の専門家といえば考古学者であろう。



現在、考古学界の中で、古代人達が生きた痕跡を現代に伝える石器や土器の採掘に於いて他国を圧倒するのが日本である。



圧倒すると言っても、日本の考古学者がモグラのようなスピードで土を掘り返しているという訳ではない。



では、何を以って圧倒しているかというとその採掘物の「古さ」である。



日本史教科書の記述によると、縄文時代というのは今から約17,000年前頃~3000年前頃迄の間で、大陸から渡来した民族が石器を使って動物を狩猟し、土器により煮炊きをし、竪穴住居を普及させ定住集落や貝塚を形成したとある。



ところが昭和24年7月、一人の民間考古学者が群馬県笠懸村「岩宿」の関東ローム層の中から「槍先形尖頭器(やりさきがたせんとうき)」を発見したことにより、それまで「旧石器時代、日本列島には人類が住んでいなかった」という世界中の考古学界の常識がひっくり返ってしまったのである。


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日本に石器時代は無かったという定説を一突きで覆した3万5千年前の槍先型尖頭器

この常識破りの人の名は「相澤忠洋(あいざわただひろ)」という。



なんと相澤が発見した槍先形尖頭器は縄文前期より遥かに古い、「3万5千年前」の代物であった。



日本史に「旧石器時代の存在」が確認された瞬間である。



彼の発見が単なる偶然ではない証拠に、その後昭和45年には佐波郡赤堀村「磯遺跡」から前期旧石器時代(約10万年前)の、昭和47年8月には夏井戸遺跡から前期旧石器時代(約20万年前)の石器を発見している。



今や、日本に於いて続々と発見されている超古代の出土品は、人類の祖先が「3万年前」にアフリカ北部の砂漠から世界に旅立って行ったという文化人類学の定説をもアジャパーにしてしまった。(#^.^#)



不遇の天才、相澤忠洋こそ「世界史」をも塗り替えた、考古学界のスーパーパイオニアであった。



今日の幸せ


これまで日本人のDNA(Y染色体)パターンが大陸人や半島人と大きく異なることに多くの人々が疑問を持っていた。



とても同じ祖先を持つ民族とは思えない程大きい、言語、国民性等の差異に対する一つの答えがここに存在する。



相澤が「槍先形尖頭器(やりさきがたせんとうき)」を発見した当時、権威主義に彩られていた学会は、在野の考古学者の発見など歯牙にもかけなかった。



それどころか、年代鑑定を依頼した某大学の教授に至っては、「自分が発見した」と文部省に報告し、記者会見まで開いて手柄を横取りしてしまったのである。



文部省と大学を敵に回した事により奇人変人扱いされ、職場を追われ、「納豆の行商」で食いつなぐ日々にあっても、相澤の「日本人のルーツ」を探りたいという情熱に陰りは無かった。



ある時友人の考古学者が相澤の自宅を訪ねると、畳も無い板敷の部屋の押し入れに稲藁を敷いて寝ている彼の姿があった。



布団はどうしたのかと尋ねる友人に「布団の綿は標本を保存するために使ってしまった」とにこやかに答えたという。


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相澤忠洋:この人の閃きと情熱が日本人の真のルーツを探るきっかけとなった。

しかし、こんな相澤にもようやく「光」が当たる時が来た。



相澤の著作物を読んでおられた「昭和天皇」が「この人を叙勲したい」と願われたのだ。💗



しかし、天皇陛下の御前に立つという夢も儚く、平成元年 5月22日「考古学界の至宝」相澤忠洋は長年の無理が祟り帰らぬ人となった。



それは奇しくも叙勲の日の朝、享年63歳の劇的な幕切れであった。




  春、その山を眺め
  夏、その山を歩き
  秋、その山の土をなめ
  冬、その山を掘った。(相澤忠洋記念館より)



相澤の粗末な文机の前には「朝の来ない夜は無い」と書かれた紙片が貼られていたという。



「ヨッシャ!」恋しや

投票所の恐怖



折角の10月最後の日曜日なのに残念ながら関東地方は雨である。('ω')



今日は折しも「第49回衆議院選挙」の投票日でもある。



ネットニュースの速報によると、午前11時時点の投票率は前回衆院選を約1%下回る「11.3%」だという。



日本の有権者数は105,622,759人(1億562万2759人)らしいので、午前11時時点で、ざっと93,687,387人(9千368万7387人)の人達が「あぁ、面倒くさぁ~」と思ったのではないかと推察される。


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多分に自意識過剰が原因であろうが、一挙手に注目される様は「お焼香」に似て極度に緊張する。


因みに私は投票所が苦手ある。
投票所のあの張り詰めた空気が私に極度の緊張を与えるのである。



居並ぶ事務方の区役所職員に「投票券」を渡すと、お姉さん(お兄さんの場合もある)が住民台帳と突合し、正当なる有権者かどうかを確認する。



それが終わると横への移動を促され、今度はお兄さん(お姉さんの場合もある)から「投票用紙」を渡され、投票手順の諸注意を受けた後、漸く記入台へとたどり着けるのである。



「何処の誰それに投票する」という確固たる信念の無い私のような者にとっては、ここからが緊張の連続となる。



記入台の前に貼ってある「候補者名」「政党名」の中から「1名・1党」を選ぶという大変な難作業が待っている。



あーでもない、こーでもないと思考は巡り、一向に「的が絞れない」のである。



刻々と時間が過ぎ、いつしか私の後ろには行列が出来、最前列のおばさん(おじさんの場合もある)の「三角マナコ▲▲」を肩口に感じる頃、私の緊張感はピークに達するのである。



呼吸は浅くなり、全身がカッと熱くなって、額には薄っすらと汗が滲む。



その後も逡巡は続くのであるが、背後の「咳払い」を合図に、私は白いままの投票用紙を二つに畳んで、あたかもこれが自分の意志であったかの如く「白票」を投じるのである。



しかし、私の緊張はまだ解けない。



投票行動の一部始終を無言のまま見つめ続ける「選挙立会人(日当12,600円)」の一団が居るのである。



私に向けられる彼らの視線は厳しい。



緊張のあまり、悪事でも働いたかの如く体が強張り「ナンバ歩き」になりながら、彼らの面前を俯き加減に走り去るのである。



あぁ~、怖かった!(´Д`)



今日の幸せ




1993年。
今から28年前の12月16日、一代の「異能・鬼才の士」が泉下に没した。
内閣総理大臣田中角栄」・・・享年75歳であった。


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右手を高々と上げての「ヨッシャ!」は田中角栄の代名詞でもあった。


越後の雪深い寒村に”馬喰ろう”の長男として生を受けた角栄は、「裏日本」と称された日本海側地域の「貧困と、雪への怨念」を、その後の政治活動の中心に据えた。



『新潟の連中は辛抱強くて働き者だ。その反面雪で苦労しすぎて諦めも早い。逆らってもしょうがない、世の中は成るようにしか成らない。諦観思想が強くてなぁ、だから優柔不断で白黒も明言せず、因循姑息で煮え切らない。これじゃ駄目だと思った』・・・角栄が診立てた、負の県民気質と自己批判である。



正負の属性を色濃く継承した青年角栄が、郷里の前途に強い危機感を持ったのは自然の流れと言える。



「雪を克服して出稼ぎを解消し、裏日本の貧困を追放したい」・・戦後日本政治に登場した「土着型政治家」の目的意識は簡明直截、且つ具体的であった。



田中政治は、後に地元への「利益誘導、金権体質」とマスコミに断罪された。



指摘の半分は事実としても、利益誘導と公共事業の「バラマキ」は表日本と裏日本の格差を無くし、同時に日本という国を、空前の繁栄に導く過程では「善」であった。



『政治家の任務が、時代の要請を実現する事にあるとしたならば、その意味で角栄は「時代の申し子」であった。』(早坂茂三秘書談)


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いまこの人が居てくれたらと思わせる政治家No.1・・・ ヨッシャ恋しや!

ロッキード事件一審有罪判決後初の「第37回衆議院議員選挙」。いわゆる「田中判決選挙」が行われたのが今から38年前の、1983年12月18日のことである。



この日、長岡を中心とする旧新潟三区、32市町村には、「越後のベタ雪」が降りしきった。



投票日に於ける選挙区の有権者数554,377人。投票率85.93%。



田中角栄の得票数は220,761票、何と全有効投票率の46.65%・・・憲政史上空前絶後の得票率であった。



この数字が何を意味するか・・・それは明治維新以降、綿々と続けられた、表日本偏重政治への「百姓一揆」であった。



いま尚、越後に暮らす人々が、その重い口を開くとき、呪文のようにつぶやく言葉がある。



「角サのご恩を忘れちゃなんねぇ・・」💗



  良い政治というものは国民生活の片隅にあるものだ
  目立たず、つつましく国民の後ろに控えている
  吹き過ぎて行く風・・・政治はそれで良い。
  (田中角栄語録より)



日本全国「税金」が一律である以上、国民はどんなへき地・寒村に在っても一定の行政サービスを受ける権利が有のだ。



またそうでなければ国民生活の多様性は保てない。



田中角栄がそうであったように、政治家の正当な評価には四半世紀の「時」を待たねばならない。



我々は「バラマキ合戦」と言われようが、国家国民の将来を見据え、信念をもって「官僚を御する」政治家を待望して止まない。



今後の政治がどう流れて行くのか・・・ひとまず投票結果を待ちたい。
  

バラマキ合戦!

「心あるモノ言う犬」の考察


いやいや・・昨今自分には理解出来ない事ばかりが起こる時代になったと嘆いていたら、遂に「犬」が10/8日発売の月刊「文芸春秋」に寄稿したと聞いて、更におったまげてしまった。( ゚Д゚)



それも唯の犬ではなく「心あるモノ言う犬」だと聞き、息を切らして書店に走った。




縁日の見世物小屋の類ではないかと眉に唾しながら目次を眺めても犬が寄稿したらしき形跡が無い。



「騙されたぁ~」と臍(ホゾ)を噛みながらスクープものから目を通していくと、何やらキナ臭い記事が出て来た。



なんと本年7月7日に財務省の新次官として就任した「矢野康治」氏が、先の自民党総裁選や次の衆院選での経済対策を巡る論戦について「バラマキ合戦」と称して諫める論評を寄稿していたのだ。


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「心あるモノ言う犬」でも何でもいいが、公僕としての務めは果たして欲しい。



それも自分の事を「心あるモノ言う犬」と卑下しての寄稿であった。



「不遜」である。



矢野氏と言えば、一橋大学を卒業後、旧大蔵省に入省。常に出生街道をまっしぐら、主税局長、主計局長を歴任し鳴り物入りで官僚の頂点である「次官」にまで上り詰めた、「エリート中のエリート」である。



こんな男は七度生まれ変わろうと自分が「犬」だなどと思うはずもない。



心の片隅に微塵も無いくせに、この卑下た物言いは「不遜」以外の何物でもない。



正論だと思ったら正々堂々と「財務次官・矢野康治」を名乗ればいいし、『麻生副総理も了解している』などと余計なバリアを張る必要も無いのだ。



主人の背後から腰を引きながら横目がちに吠える犬のようで、みっともない事この上ない。



もう一度言っておこう・・『あぁ~、みっともな~い』(´Д`)


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「政治家に直言できる官僚」を自負しているという矢野康治財務次官。もうすぐサヨナラの気配が・・・。


矢野氏によれば『日本の長期債務(国債)は1,166兆円で、先進国では突出している。今の日本の状況を喩えれば、「タイタニック号」が氷山に向かって突進してゆくようなものだ』と断じている。



『財務次官ほどの者がわざわざ寄稿して言っているのだから、このまま岸田総理が唱える経済対策に突き進んだら、日本の財政は早晩破綻を迎えてしまうのねぇ~(´Д`)』と思った読者諸兄、ご心配には及びません。



「マヤカシ」です。



彼は単式簿記的な一般会計に於ける収支と国債の大きさだけでこの稚拙な映画を語ろうとしているのである。



彼の言葉をそのまま借りると『日本人はそんなに愚かではない』のだ。



国の予算は一般会計だけではなく、特別会計、政府関係予算もある。



更に経済は複式簿記による「損益計算書貸借対照表」で回っているのだ。



そして、何よりも「個人金融資産1,948兆円」「民間企業の金融資産1,275兆円」という莫大な国民の金融資産がその背景に在るのだ。



彼はコロナで疲弊しきった中小零細企業への経済対策を怠って一体何を成し遂げようというのであろうか?



40℃の熱を出して唸っている病人を、「薬を買う金はもうが無い」からって、そのまま働きに行かせられますか?



先ずは熱を下げ、体力を回復させてから、働いてもらうという順序を踏むのが道理というものでは有りませんかなぁ?



そもそも花の財務官僚たる者が、こんな薄っぺらな論理で国民を欺けると思ったのであろうか。
いやいや・・・決してそのような事はあるまい。



穿った見方をすれば・・・頭の良い官僚の事である、これ以上先の無い薄給の「次官ポスト」よりは、ここで大蔵省の「伝統的財政規律論」をぶち上げて守護神を気取り、大蔵官僚OB達へ好印象を残すことにより、OB達が張り巡らした「魅惑の天下りポスト」を得ようという作戦に出たのではあるまいか?



「ボク、何処かの財団の理事長を三年ごとに渡り歩き、その都度サラリーマンの生涯年収のような退職金を貰うんだも~ん」の声が聞こえて来そうである。



もうこの手の輩は「バカボンのパパ」に成敗してもらうしかないのだぁ~(`^´)>



今日の幸せ



人が「利」を得るには必ず「投資」というものが必要になる。



投資こそ資本主義の根底を為すものであり、投資無き利は「浮利」と呼び受け取る「謂れなき利」である。



投資も成長も無い中で、出鱈目の論理を振りかざし官の利たる増税をチラつかせるとは何たる思い上がりだろうか。


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20世紀日本の興隆は渋沢の「論語と算盤」にその礎が在った。

只今NHKで好評放映中の「青天を衝け」の主人公にして日本の実業界の父と呼ばれた「渋沢栄一」は官に在りながら、「官尊民卑の打破」を目指した偉人である。



生涯に500を超える私企業を創設し、600を超える社会福祉事業に参画したという。



驚くべきことに、それら企業の中に渋沢の私企業は一つとして無いのである。



事業の構想が有ると、そこに資金と人材を付け、自分は外からオーガナイザーとして発展を見守る。



近代日本を産業界から創った男、まさしく実業界の「花咲か爺さん」である。💗



同じ明治期に大実業家として並び称される三菱財閥の祖「岩崎弥太郎」が居るが、渋沢栄一とは「人間としての格」が違い過ぎて語るべくもない。



経営の神様ピーター・ドラッカーは、渋沢の業績についてかく語り最大限の賛辞を贈っている。


「渋沢は誰よりも早く企業と国家の目標、企業のニーズと個人の倫理との関係という本質的な問いを提起した。20世紀に日本は経済大国として興隆したが、それは渋沢栄一の思想と業績によるところが大きい」

渋沢栄一の名は、国外ではわずかの日本研究家が知るだけである。しかしながら彼の偉業は、ロスチャイルド、モルガン、クルップ、ロックフェラーを凌ぐ」・・・と。



我々は今こそ「官」から第二、第三の渋沢栄一が出てくることを切に願うのであるが・・・・無理かぁ~(´Д`)


哀愁の追分

江差の考察


♪大島小島のあい通る船はヤンサノエー 江差通いかなつかしや
 北山おろしで行く先ゃ曇るネー 面舵頼むよ船頭さん ♪



読者諸兄には殆どなじみのない歌詞だと思うのだが、これぞ民謡の王様と称される「江差追分」前唄の一節である。



この歌詞を見て大きく頷き、膝を打ったそこの諸兄はかなりの「民謡通」と見ましたが如何でしょうか?


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「正調・江差追分」は歌い継がれ分化し、民謡界の巨人となった。

父がまだ家長として現役を張っていた頃、親類縁者が集った小宴で十八番(オハコ)にしていたのがこの「江差追分」であった。



本人は十八番と称して、宴たけなわで披露したがるのであるが、母に止められ、祖母にたしなめられして、どんどん先送りになり、胡坐をかいた父が意を決し、うつむき加減に「♪大島小島・・・」と始めると、それがお開きの合図となるのであった。



身体を前後に揺らしながら、皺枯れた声で唄う父の江差追分は、子供心にも『下手だなぁ~』と思った程で、おそらく最後まで聞き遂げた者は居ない。



誰も居なくなった宴席で江差追分はさらに哀調を帯び、父が健やかな眠りに付くまで延々と続くのであった。



一説によると江差追分の起源は、長野県の古い馬子唄(小諸馬子唄)にあるのだという。



それが盲目の旅芸人集団・瞽女(ごぜ)らによって、越後へ伝わり「越後追分」となり、さらに北前船の船乗りによって蝦夷地に伝えられ、北国ならではの哀調が加わり、「江差追分」へと進化して行ったようである。

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「旧檜山爾志郡役所」は修復され今や江差民俗資料館として復活


現在の北海道爾志郡(にしぐん)江差町には旧檜山爾志郡役所(ヒヤマニシグンヤクショ)という貴重な歴史的建造物が在る。



アーリーアメリカン調の洒落た建物は北海道有形文化財として4億6千万円分の修復を受け、現在は「江差町郷土資料館」として一般公開されている。



実は、この郷土資料館の前庭に「嘆きの松」という、なにやら謎めいた名を持つ松の古木が在る。

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開陽丸が沈むさまを見ていた土方歳三のたまたま傍らに在ったが為に凹殴りにされた「土方歳三嘆きの松」。嘆きたいのは松の方だったに違いない。

明治元(1868)年、会津会戦に敗れた新選組副長「土方歳三」と幕府軍艦奉行「榎本武揚(エノモトタケアキ)」とは蝦夷地を決戦の地と定め、徳川幕府最強の軍艦「開陽丸」を率いて江差に上陸した。



しかし幕府軍には既に天運無く、同年11月15日開陽丸は日本海に荒れ狂う暴風雨により江差沖で座礁・沈没することになる。



開陽丸沈没の知らせが届くや、土方と榎本は急ぎ幕府軍本陣の順正寺(現・東本願寺別院)に向かう。



途中高台に在る当時の檜山奉行所(ヒヤマブギョウショ)前から、沖に沈む「開陽丸」を目にした土方は、傍らの「松」に拳を叩きつけながら嘆息したという。



この時土方は、沈み逝く開陽丸に「武士の墓標」を見ていたのであろうか・・・。



それは戊辰戦争の最終決戦地「五稜郭」にて土方歳三が34年の生を散らす248日前の出来事であった。




今日の幸せ


つくづく「日本人に生まれて良かったぁ~」と思う瞬間がある。



天才小説家「司馬遼太郎」氏の作品に触れることも、まさにその時である。



以前、当ブログでも「峠」という作品をご紹介させて頂いた。



司馬遼太郎の数多(アマタ)ある作品の中でも、出世作竜馬がゆく」と共に、圧倒的な女性人気を誇るのが新選組鬼の副長土方歳三を描いた「燃えよ剣」である。

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司馬遼太郎にしては短編の部類に入るがダントツの女性ファン数を誇る。


徳川家の天領である日野村の百姓として生まれた「歳三」であるが、「天然理心流」試衛館の四代目宗家を継いだ「近藤勇」との出会いが、この男の本能を覚醒させてゆく。


何故日本人はこれほど土方歳三という男に惹かれるのであろうか・・・。
優し気な風貌に秘めた激烈な「士魂」は一種「風圧」さえ感じさせる。


土方歳三は武士の時代が壊されてゆく過程で、誰よりも武士らしく生きたラストサムライとも言えよう。💗


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土方歳三」この容貌からは想像もできないほどの胆力を持った壬生の蒼き狼

新選組1863年の創設から1869年6月20日、土方の死をもって迎える崩壊まで僅か6年しか存在しなかった組織である。



しかし、幕末の歴史は「誠」の旗の下に結集した鉄の軍団「新選組」無くしては語れない。



燃えよ剣」の終局で、包囲する官軍兵に対し、馬上の土方が愛刀「和泉守兼定(イズミノカミカネサダ)」を抜き放ち「新選組副長、土方歳三」と名乗りを上げ、突撃する場面がある。


幕府の中ではもっと気の利いた肩書が有ったにもかかわらず、土方は最後の最後まで盟友近藤勇から託された「新選組の副長、土方歳三」であることに拘ったのだ。



死を決した男が、最後までそう有り続けたいと願った「盟友との絆」が深く胸を打つ。



なんと、この秋は「峠」に続き「燃えよ剣」も映画上映されると聞く。



これを機に明治維新という「日本史の大転換点」の中で、侍という世界に冠たる精神的昇華を果たした男たちが、何を考え、どう生きたかをもう一度振り返り、自分の生き様と重ねてみたい。



時代を追うな、夢を追え!




竈門(カマド)の嘆き!

引越の考察

引越は大変である。


古来より「引越貧乏」という言葉があるように、一旦引越すとなると大変な物入りとなり、且つ、膨大な人的エネルギーを費やすことになる。


先ずは、新居を用意し
移る日取りを決め
物を仕分し
段ボールに詰め
電気・電話・ガス・水道を止め・・・っと、旧居での作業を書き出すだけで、既に疲労困憊してしまった。



この先、新居での生活が始まる迄の長い道のりを想像するだけで二三日寝込む事必至である。(´Д`)

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引越ほど煩雑で煩わしいものは無い。転勤族のご苦労が偲ばれる。


学生時代の友人に、この難事業を毎年のようにやってのける剛の者が居た。



引越のヘルプを頼まれたので、指定日に2t車を借りて彼のアパートに駆けつけると、何も準備らしきものがされていない。



『引越今日だよねぇ?』と尋ねると、煙草を吹かしながら、どこか間延びした声で『そうだよぉ~』と返って来た。



集まった友人たちの表情が険悪になって来たと見るや、『よっこいしょ』とやおら重い腰を上げ、「ファンシーケース」の前に立ったのである。



「ファンシーケース」というのは、ビニール製の簡易洋服ダンスで、一世を風靡した学生生活の必須アイテムである。



ファンシーケースのファスナーを開け、中の洋服やら下着やらを無造作に取り出すと、畳の上に投げ出し、『これ、ごみ袋に詰めてくんな~い』と来た。



洋服をゴミ袋に詰め終えると、やおらファンシーケース内側の骨組みを抜き出し、フニャフニャになったビニールの中に、布団から始まって、ガスストーブ、ラジオその他身の回りの生活雑貨をポイポイ放り込むのであった。



あらかたの物を詰め込み、こぼれ落ちないように何とかファスナーを閉めたとき、部屋には巨大な「ラグビーボール」のようなものが出現した。



一応は破れないように外側をビニール紐で縛りあげ、トラックまで賑やかな音を立てながら全員で巨大ラグビーボールを転がした。



結局、トラックの荷台を埋めたのは、机、カラーボックス、冷蔵庫、洋服の入った二つのゴミ袋玉と巨大なラグビーボールだけである。



2t車の収容力は高い。
机、カラーボックス、冷蔵庫を運転席側にピッタリと納めた後には、広々とした空間が生まれた。



信号で車のブレーキを踏むたびに、荷台の上を巨大なラグビーボールと二個のゴミ袋がガラガラと賑やかに転げ回るのであった。



・・ったく、持ち主が持ち主なら、荷物も荷物だわい‼️ヽ( ̄д ̄;)ノ

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剣璽(剣と勾玉)と共に正式に皇居に引越しをされた天皇陛下


引越と言えば先頃「令和天皇」ご一家が、新婚時代から住まわれた赤坂御所から、新装なった「皇居」に移られた。



流石に庶民の引越のように、軍手に鉢巻姿の天皇陛下は見られなかったが、皇位の証したる剣璽(ケンジ)と共に御所を出られる陛下は『身の引き締まる思いであります』と、お答えになられて公用車に乗り込むのであった。



御所に入られる天皇陛下の後ろには剣璽(剣と勾玉)を捧げ持つ宮内庁職員の姿が有った。



巷では「三種の神器」が天皇の証だとされているが、「何か足りないのでは」と思われた諸兄の為に少々解説をしたい。



三種の神器とは、天孫降臨の際に「天照大神(アマテラス)」が「邇邇芸命(ニニギノミコト)」に授けた、三種の宝物の総称を言い、正式には「みくさのかむたから」と読む。


 ・八咫(ヤタ)鏡
 ・天叢雲(アメノムラクモ)剣  
   別称:草薙(クサナギ)剣
 ・八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)



諸兄が何か足りないと思われたのは、「八咫(ヤタ)鏡」ではあるまいか?



実はその通りで、本物の八咫(ヤタ)鏡は「伊勢神宮」のご神体として奉納されており、動かすことが出来ないのである。



また、天叢雲(アメノムラクモ)剣も「熱田神宮」のご神体となっているので、これも動かせない。



『だって・・天皇陛下のお引越しの時、剣を押し頂いた宮内庁職員が居たじゃないヽ( ̄д ̄;)ノ』とお怒りのご婦人方に、小さな声で申し上げるが、『あれは形代(カタシロ)』つまりレプリカです。!(^^)!



いま、天皇陛下のお手元に在る三種の神器のうち、本物は吹上御所剣璽の間」に安置された『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』だけなんですよぉ~



あ、誰かに教える時には「小さい声」でお願いしますね~!(^^)!

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天照大神より連綿と受け継がれる皇位の証「三種の神器」非公開の為想像図

今日の幸せ


アメリカ高校生の教科書には、日本の神話が詳しく解説されている。
そして日本を「神々の創りし国」と紹介しているのである。



しかし、残念な事に日本の教科書は、この辺の艶めかしい話については一頁も触れていないのである(´Д`)



日本の神話には様々な神々が登場するが、なかでも天地開闢(テンチカイビャク)の時に現れた別天津神(コトアマツカミ)という神様が日本の起源神であり、男女の区別のない中性神とされる大神である。



この後「神代七代(カミヨナナヨ)」と呼ばれる様々な神の世を経て、最後に現れ、天橋立からドロドロの大地を「矛」で掻き混ぜ「日本」を創ったとされるのが、ご存知「イザナギ♂」「イザナミ♀」という夫婦の神様なのである。

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日本国の創生に勤しむ「イザナギ尊・イザナミ尊」ここから日本の歴史が始まった


この夫婦神から生まれた「天照大神」から与えられたのが「三種の神器」であり、ここから約1世紀後に三種の神器皇位の証に、初代天皇として即位したのが「神武(ジンム)」であり、これを西暦表示すると紀元前660年2月11日ということになる。



文献の残る最古の神々と皇室の歴史は世界に類を見ないのである。



キリストもムハンマドも足元にも及ばない、この国の歴史、伝統、文化こそ、宗教に疲弊した世界に平和をもたらす唯一の希望である。



我国も時の為政者の舵取りにより荒んだ時代を経て来た。



しかし、常に国作りの神として国民の中心にいたのが「天皇」という存在であったことは異論無きところであろう。

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仁徳天皇は都の空に夕餉支度の煙が上がらない様を見て民の窮状を知った


 高き屋に のぼりて見れば煙立つ
 民のかまどは賑わいにけり



仁徳天皇が難波高津宮から街並みをご覧になられると、人々の家からは少しも煙が上がっていないことに気付き、とても心を痛めた。



そして三年間「租税を免除」し、民の窮状を救ったのである。💗



歌は再び竈門からまた勢いよく煙が立つ様を詠んだものである。



心ある元首と共に歩む神話の国



私たちはもっとこの国に誇りを持って良いと思う。



「和の国」日本だからこそ出来る様々な貢献が有る。



時あたかも中央アジアで、神の名を借りた「圧政の国」が産声を上げようとしている。



彼らは一体誰の幸せを求めているのであろうか。




彼の国に真の神在わすならば、己に過度に恭順を求めるより、民の笑顔と安寧を歓びとするはずである。




さあ、秋の総選挙、果たして日本の新しい舵取り役には、煙が立たなくなって久しい民の、「竈門の嘆き」が聞こえるだろうか。

胸に手を当てて!

「不思議の国」の考察

お盆からの大雨が一段落したと思いきや、ここ数日はモワモワとした不快な暑さが列島を包み込んでいる。


そんな中、パラリンピックで来日した外国人記者が本国に送った「日本レポート」が大変興味深い。


『体温と等しい外気温に、90%を超える湿度が追い打ちを掛ける・・・日本の夏はひたすら過酷であり、この環境下で競技を行わなければならないアスリートは本当に気の毒である』


『しかし日本は、オリンピックに備え世界に類を見ない飲料供給システムを確立、多くの大会関係者は様々な飲料を簡単に入手出来るようになり喜んでいる』と・・・。


何のことは無い・・・記者は全国何処に行っても無数にある自販機に驚き、喜び、興奮してレポートしていたのだ。( ゚Д゚)


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日本の誇る小型商店「自販機」生鮮食料品から下着に至るまで、守備範囲は広い

日本国内には「自販機」と呼ばれるベンダーマシンがなんと540万台も有り、そのうちの約半数が飲料用のもだという。


自販機経由で発生する売上げは年間約7兆円・・・こうなると確かに日本の「便利」の一端を担う重要な社会インフラとも言える。


この自販機の異常なほどの普及は日本独自のものである。
諸外国にも、自販機は有ることは有るが、街中でお目に掛ることはほぼ皆無である。


これはもう国民性に由来するもので、諸外国に於いて恐らく自販機ビジネスは成立しないのではあるまいか。


理由は至極単純で、そこに在る「金・品」若しくは「自販機自体」が盗まれるからである。


人民達が太極拳に勤しむ公園で、ようやく見つけた自販機が鉄格子に入れられ、太い鎖に繋がれている姿を見ると、我々日本人は思わず駆け寄り『すぐに出してやるから、もう少しの辛抱だ!』などと叫んでしまうのである。(´Д`)

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国史上初めての統一国家「秦」を創った「趙政」は自らを「始皇帝」と名乗った


物が盗まれない国。

落した財布がそのまま戻る国。

女性が深夜に一人歩きしても無事帰宅出来る国。

おそらく世界で唯一無二であろう、高次元の安全性をいとも簡単に確保してみせる国、「日本」


この国民性は一体何処から来たものだろうか。


此処から、話は恐ろしく歴史を遡上するが、ルーツを探る作業であるためお許し願いたい。


日本書紀古事記などの日本史を紐解いてゆくと、「秦氏」と呼ばれる不思議な一族に遭遇する。


「秦」とい書いて「ハタ」と読む。・・・っと、ここで膝を打った諸兄には、ささやかながら敬意を表したい。


この一族の中心人物は「弓月君(ユミツキノキミ)」という大変優雅な名前をお持ちだが、やり遂げたことは大胆で、「応神天皇」14年(283年)に半島「百済」から120県4万人の民を率いて日本に渡来し、「帰化」したのである。


このお方は、なんとあの「秦(シン)の始皇帝」の子孫であったが為、帰化に当たって出自である「秦」を名乗ったのだという。


始皇帝一族は秦の崩壊後、現在の新疆ウイグル自治区に在る「弓月城大街」辺りに身を潜めていたらしいが、理想の国家像を求め、長い年月をかけて調査した結果、当時「扶桑(フソウ)国」と呼ばれる日本に渡ることを決意したようだ。


「扶桑」とは、中国から見て東方の果て、日出る処に立つ伝説の「神木」を言い、羨望を込めて「倭(ワ)国」の別称となっていた。


始皇帝はあの大中華を「法」を以って治めようとした。
しかし、これが甘かった。


焚書坑儒」などの思想統制を行い、苛烈な刑の執行を課して順法を迫ったが、根付くことは無かった。


現在の中国に於いてさえも「上に政策あれば、下に対策あり」と言われるほど、人民はしたたかである。


栄華を極めた始皇帝の一族が、何故に極東の島国を目指したのか・・・。


この謎に対する考察は、後段に譲るとして、秦氏の「その後」が気になって眠れない方の為に蛇足を加えたい。


百済」から移住した民は、建築、土木、精錬、養蚕、織物等々、当時大陸が持っていた先端技術の技術者集団であり、大和朝廷の発展に大きく貢献した。

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弥勒菩薩は釈迦入滅の56億7千万年後に現れ衆生を救済する。救済策は現在考案中!

聖徳太子の懐刀として名を馳せた「秦河勝(ハタノカワカツ)」は「弓月君」の末裔である。


諸説あるが、京都「太秦(ウズマサ)」は聖徳太子秦氏から取った地名だという。
太秦に在る「広隆寺」は秦氏菩提寺でもある。


京都を戦火から救ったとされる我国の国宝第一号、広隆寺の「宝冠弥勒」は様式や材質から見ても、明らかに半島由来の物である。


この奇跡の仏像も、秦氏存在と無縁であるとは思えない。


今日の幸せ


日本書紀によると第14代「仲哀(チュウアイ)天皇」8年に、弓月君の父である「巧満王」が渡来し、朝廷に養蚕の蚕の種を献上したとある。


そこで巧満王が見たものは、「法治」でも「人治」でもない、各人の「自己責任」を求めるという、大和民族独特の極めて高度な統治の姿であったという。


何が「正義」か。
その判断は歴史、伝統、文化という蓄積された「価値観」から生まれるものである。


自分のやったことは「正しい事」なのかを、自分自身に問うてみる。


その結果の「責任」については自分自身で決する。

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日本人は「結び」好き。紙縒りなどという儚いものに願いを託すのだ。

古来ヨーロッパ及びアジア大陸で発達した「鍵」文化は、日本に於いては殆ど発達しなかった。


商家で帳場を閉めるにあたっても、金品を金庫に入れ厳重に錠前を掛けるという事はせず、閉めた証として手文庫に紙縒(コヨリ)を巻くだけであったという。


盗もうと思えば、誰でも簡単に盗めてしまう。
しかし、その小さな紙縒(コヨリ)が人の心に問いかけるのだ。


あなたのやっていることは正しい事ですか・・?
「胸に手を当てて」考えてください💗


父王の語る「扶桑国」に理想の国家像を見出した「弓月君」は、戦乱に明け暮れる母国を捨て、「和」の国へと渡来した。


国家国民の「モラル」は100年や200年で醸成されるものではない。


千年、二千年という歴史、伝統、文化に裏打ちされた「正義」という価値観が国民人一人一人に醸成されていればこそ。


当たり前の如く「落とした財布」が戻って来るのである。



 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山櫻花



江戸中期の国学者「本居 宣長(モトオリ ノリナガ)」の「大和心」を詠んだ歌である。



GDPで抜かされようと、多少政治家のレベルが低かろうと、隙あらば他国の領土を掠め取ろうなどというメンタルは、大和民族にはございませ~ん!(´Д`)


負けるもんか!

「水の泡」の考察


東京オリンピックが無事(?)閉幕した。


選手達の激闘に、共に涙し、喜びを分かち合った方々も多いのではないだろうか・・・。


しかし、今回もいろんな人がいたなぁ~(´Д`)


この機に名前を売って一旗揚げるつもりで来日したのに、競技にさえ出場できない事が判明するや、急遽「出稼ぎ人足」と化すため、選手村から逃亡したなどという事件も有り、悲喜交々の人間模様が交錯した。

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この人本気のところが怖い!150万のお味は如何?


このところ寝不足で、呆けた私を激しく刺激してくれたのが「河村たかし名古屋市長である。


トヨタの配慮で報告に訪れたソフトボール日本代表後藤希友選手の金メダルに、いきなり「嚙みついた」という例の事件だ


その瞬間から世界中を敵に回し、ボコボコに叩かれた市長は、遂に「三月分の給与返上」を申し出て、世間の許しを請う羽目になった。


ほんの出来心とは言え、一口で150万円は随分高くついた。


河村市長は『どんなに目立てたとしても、メダルだけは噛むんじゃなかった・・・』と、今更ながらに「臍(ホゾ)を嚙んで」いるとか・・。(´Д`)


斯(カ)くして、持ち味の「軽さ」が災いして、折角の晴れ舞台も「水の泡」となったのである。

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大統領府を占拠したタリバン兵士。日本人が束になって掛かっても敵わない。

世の中大変な事になって来た。


世界中がやれ「コロナ」だ、やれ「オリンピック」だと騒いでいるうちに、中東の要衝「アフガニスタン」では、イスラム原理主義勢力の「タリバン」が首都カブールに侵攻し、大統領府を制圧してしまった。( ゚Д゚)/


タリバンが州都攻略に乗り出したのが8月6日だというから、首都陥落まで僅か10日の出来事であった。


タリバンの余りの勢いに、「ガニ大統領」は一戦交えるどころか、ホイホイと国外に逃げ出してしまった為、2001年米国同時テロ後に発足した民主主義政権は20年目にして大崩壊に至ったのだ。


日本人の感覚では、「原理主義」だろうが、「踊り念仏」だろうが人様の宗旨がどうであれ、今晩の夕食にはさして影響は無いといったところであろう。


しかしこのタリバン勢力の困ったところは「アルカイーダ」という武装テロ組織を内包しているところにある。


世界を震撼させた「9.11の同時多発テロ」の悪夢が再び現実味を帯びて来た。


世界の民主主義国家が何百兆円という資財と、20年という歳月を掛けて取組んだ「安心安全の枠組」は、僅か10日で瓦解し、全て「水泡に帰して」しまった。


見極め甘く、安易に駐留米軍撤退を指示した「バイデン大統領」は、この件で自ら再選の目を摘んでしまったであろう。


堂々と胸を張り大統領府に入る髭面のタリバン戦士とは対照的に、背中を丸め、「ガニ股」でタラップを上るガニ大統領の姿は、賞味期限を迎えた民主主義陣営を彷彿とさせ、何ともやるせないものであった。(´Д`)


今日の幸せ


人は何らかの「目的」に向うとき、最善の案を企図(キト)して事に臨む。


しかし、ほんの僅かな思惑の齟齬(ソゴ)により、一瞬にしてその全てを失ってしまう事が多々有る。


思惑とは言わないが、研究開発などは一つの「仮定」を検証をする為に何万回という実験を繰り返すものである。


物理や科学の世界では何世代にも渡り理論の検証が行われることもあるという。


思うように結果が出ないとき、全てが「水泡に帰したとき」、研究者・技術者達はどのように心を整理し、折れそうな気持を再び奮い立たせているのだろうか?

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好きな事、やりたい事だから、やり遂げられる。これぞ本田イズムだ!


その答えとして、明日を担う若者に、我々世代の心を揺さぶった「HONDA」の魂を伝えたい。


頑張っていれば、いつか報われる。
持ち続ければ、夢はかなう。
そんなのは幻想だ。

たいてい、努力は報われない。
たいてい、正義は勝てやしない。
たいてい、夢はかなわない。

そんな事、現実の世界では良くある事だ。
けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。

技術開発は失敗が99%。
新しい事をやれば、必ずしくじる、腹が立つ。

だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、何度でもやる。

さあ、昨日までの自分を超えろ。
昨日までのHONDAを超えろ。
負けるもんか!



ご存知、一代で「世界のHONDA」を創った本田宗一郎氏のイズムを端的に表した名キャッチコピーだ。💗


努力のすべてが水泡に帰し、心が折れそうになったら、思い出して欲しい。


泣いても良い。
拳を握りしめ、歯を食いしばって、もう一度立ち上がろう。


・・・負けるもんか!